久々に訪れた出版社からでると空気が微妙な湿り気を帯びている気がした。
空を仰ぐと不穏な色をした雲が覆いはじめている。
これは一降り来るかもしれない。
東子は普段より少し足早に家へと向かった。
ポツポツと降りだした雨は勢いをまして、あっという間に大雨になった。
伏見家の居候幽霊はふわふわ浮かびながらびしょ濡れになって帰ってくる家主の帰りを待っている。
昼間大家宅で覗いたテレビでやっていた天気予報では夕方から雨と言っていた。
けれど東子がでかけていった時には晴れていたから、かなり行き当たりばったりな彼女は傘なんて用意していないはずだ。
ガチャガチャッ
ガラッ
「あーもーっ 降るなら降るっていいなさいよね」
玄関が開いて響き渡るのは東子の癇癪ぎみな声。
それを合図に平井は東子の前に姿を現す。
「お帰りなさいっ東子さん」
目の前に立つ東子は案の定全身濡れネズミだった。
「アハハーびしょ濡れだね。ハイ、タオル」
「用意がいいわねぇー ありがと平井」
平井からバスタオルを受け取ると水気をふき取りだす。
「最近雨続きでやんなっちゃうわ」
「ホントだね。まー僕は濡れるわけじゃないけどさ」
「まったくよねー羨ましい」
心底羨ましそうに東子は平井を見た。
それがとてもおかしい。
「死んだ人間を羨ましいって思うの東子さんくらいだよ」
「なにいってんの。生きてる人間には生きてる人間のユーレイにはユーレイのいいとこがあるんだから、あたりまえじゃない。むしろ両方味わってるあんたの方が得してんのよ」
悲観したところがない強引な発言が東子らしい。
「そーかな」
「そーよ」
「はー 明日はれるのかしら」
「晴れるみたいだよ」
「そう。もう梅雨なのかしらね」
「いいんじゃないかな。僕雨も結構すきだし」
「あんたさっきと言ってること違うわよ」
「そーだっけ?」
今度雨が降った日は傘を持って彼女のことを迎えにいこう。
傘だけ浮いている様子を怪奇現象とかいって騒がれるだろうけどそれも面白そうだ。
「ふふっ」
風呂に向かって脱ぎ散らかされた服を拾い集めながら平井は笑う。
こんな予定を立てるだけでも次の雨の日が楽しみで仕方ない。
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