絶対ルール

秋も深まり、馬肥ゆる季節となりました。
さて今日もなんやかんやと騒がしかった拝み屋横丁も夕暮れ色に染まり始めます。

先ほどまでドタバタ暴れていたご隠居組と東子さんも各々の家に帰り、正太郎は二階に宛がわれた自室でゴロゴロと借りてきた雑誌を読んでいた。
「正太郎君。夕飯までちょっと時間あるから先に風呂はいっちゃいなさい」
「はーい」
階下から聞こえた叔父の言葉に雑誌を閉じて、正太郎は階段を下りる。
「じゃあ先にお風呂もらうね」
「いってらっしゃい」
台所でおさんどんする文世に一言かけてから正太郎は風呂へ。
脱いだ服はちゃんと色物は別にして、ヘーキなものは洗濯機へ放り込んでから風呂場への引き戸を開けた。
広がるのは玉タイルが床に敷き詰められた古ぼけた小さめの風呂場。
小さな窓からは夕陽の光が差し込んでいた。
まず湯船の蓋をあけて、頭を洗って身体を洗ってから漸く湯船に入る。
特に冷えていたわけでもないのに、湯の温かさが体全体に染みこんでいくような気がした。
「あー…気持ちいー…」
正太郎はマッタリと心地よさを楽しんだ…小さな窓からの視線に気づくことも無く。


散歩から帰宅した絹代が先ず見つけたもの。
それは風呂場の小窓に張り付くエンジェルの姿だった。
「ちょっとアンタ、なにしてんのよ」
「あらー絹代ちゃん。お帰りなさい」
犯行現場を発見されても全く動じずにエンジェルはいつものように笑顔を振りまく。
「人ん家の風呂場でなにしてんのよ」
「うふふ内緒」
「どうせ正太郎の風呂でも覗いてたんデショ」
「ちょっと何するのよッ」
有無を言わさず絹代はエンジェルを足で掴むと縁側の方へと引きずっていった。
「文世さーん。不埒モノの幽霊捕まえてきたわよー」
「おや、おかえりなさい・・・ってエンジェルさんじゃないですか」
おさんどん姿のまま文世が顔を出す。
「コイツ覗いてたわよ、正太郎の風呂」
「…」
文世を取り巻く空気が、いつもの掴みどころのないものから一気に冷え冷えしたものに変化した。
「あ、あら?ちょっと大家さん??」
さすがのエンジェルも文世の放つ不穏さに気がついたらしく後ずさる。
「エンジェルさん」
絹代は巻き込まれるのはゴメンだと言うようにエンジェルから離れた。
拘束が解かれたといっても飛んで逃げられない雰囲気が漂う。
「今すぐ、ここで、成仏していただいてもいいんですけど」
「い、いやだ。大家さん。ただの冗談よー冗談」
「僕にとっては冗談じゃ済まされないんで。すこーしお仕置きさせてもらいます」
「ちょっ、いやぁーー」
エンジェルの声にならない悲鳴が横丁に響き渡った。


ホカホカと湯気をたたせた正太郎が顔を出す。
「叔父さんお先ーってアレ、絹代ちゃん帰ってたんだ。お帰りー」
「…タダイマ」
霊感ゼロの正太郎にはエンジェルの姿は見えない。
でもそれでよかったのかもしれない。
だってホラ。
庭先にいろんな意味で悲惨なことになってるエンジェルなんて見たくないじゃない。
絹代は転がされているエンジェルを憐れみの眼で見下ろす。
まぁ自業自得といえばそれまでなはなしだが。
「さて、と。ほら、いつまでも下着一枚でいないで服着てきなさい。すぐに夕飯にするから」
正太郎が見えないのをいいことに何もなかったかのように振舞う文世。
「はーい」
階段を上る音。
正太郎が上りきったのを見届けてから文世が口を開く。
「次やったら、こんなものじゃすみませんからね。エンジェルさん」
「わかったわよぉ」
解放されたエンジェルは「ダーリンに慰めてもらうわッ」と雄叫びをあげながら、徳光の家へと飛んでいった。
「ねー文世さん」
「なんですか?」
「エンジェルがあの状態だと徳光、明日には死んでるんじゃない?」
「知ったこっちゃありません」
店子の危機を文世はそう言い切る。
鬼気迫る悲鳴が夕焼けの横丁に響いた、ような気がした。


要はアレです
大家さんには逆らっちゃ怖いんだぞっていう話です
横丁住人の暗黙にして絶対ルール

大家だけは怒らすな

だんだんと自分の中の文ちゃん像が壊れていきます
ええガラガラッと

UP:2005/10/10








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