「20世紀は腐った果実ではありません」

我々は番台の元に平等であった。




「銭湯にいきたいのぅ」
「銭湯、最近いってないのぅ」
「上がった後の牛乳がたまらないんじゃよぅ」

麗らかな土曜のオヤツ時、呑気な話し声。今日のおやつは栗蒸し羊羹。

「正ちゃんも一緒に銭湯いくかい?」

栗蒸し羊羹に手を伸ばしたところで、そんな質問。残す羊羹はあと1つ。
シパーン!!襖が快活に開く。締切明けの登場。

「上がったらフルーツオレじゃないの?」
「な、なんとじゃと!!」
「邪道じゃっ!!」
「だぁから、爺なのよ」

ぎぃぎぃ話す彼等はいつものこと。それから、おもむろにちゃぶ台の上の栗蒸し羊羹を摘んで…あぁあ、最後の一個だったのに。とか言う光景もいつものこと。とはいえ、多少は悔しい。

「あれ、お茶ないの?」
「お客様じゃないんですから、自分でやってください」

きょろきょろ、急須を捜してる後ろから、無法地帯に和服の統治者が帰宅。ココロズヨイ味方の登場にちょっと、安心する。そして、この叔父はちょっとだけ自分には甘い。
よく、祖父母は孫に甘いという原理を耳にするが、叔父、叔母という代物もやっぱり甥、姪によわいのではないかとかなり思う。

「おかえり、叔父さん」
「ただ今。はい、コレ、お土産」

受け取ったのは、ちいちゃな紙の箱。
興奮気味に身を乗り出すご隠居さん達。興味の対象は帰宅した叔父さんなのか、自分の手に持つお土産なのかは正直あやしいところ。

「大家さん!!銭湯いかんか!!行くよな!!」
「そうじゃ!!裸の付き合いじゃ!!」
「風呂上がりの一気飲み牛乳じゃっ!!」

帰宅途端、詰め寄られる叔父さんは慣れた様子でその隙間から逃げ出す。いつもうまいものだとつくづく思う。その横で東子さんが自分のお茶を入れ始めたのもいつものこと。

「で…銭湯ですか?」
「なんか、こー無性にいきたくなって、なぁ」

うんうん、と頷きあう。もう気持ちは、銭湯まで到着したのか、ほんわかにやけ顔。
少し気が早いように思われます。

「確かに最近、銭湯になんか行ってないかも知れませんね」
「だろ、だろ??」
「今夜みんなで行こうじゃないか!!」
「正ちゃんも行くよな!!牛乳一緒に飲もうな!!」

突然、話を振られてちょっとびっくりした。銭湯なんか、ホント何年いってないんだろう? はるか昔に、父さんに引きつられていったことがあるような、ないような…
ちょっと、興味が引かれてきた。

といったところで、水を差すような一言。

「…あー。あたしパス」
「なぬ!!団体行動を乱す気か!!」

もう、頭数に勘定していたらしい。

「いつから、ココは団体なのよ。そうじゃなくて、どうせ、男湯から大騒動が聞こえてくるんでしょ。いやよ、仲間に思われたくない。静かに入りたい。小さな石鹸カタカタならしたくない」

…それは正直困る。寧ろ、率先していきたくない…今までも、色々とあったけれど、銭湯なんて場所でトラブルだけは起こしたくないものだ。

「行くなら三人で行ってくださいね」

叔父さんは、さっさと行かない旨を伝えてしまった。そんな事に気付かない、ご隠居さん達は何時に行くだとか、お小遣いは幾らまでだとかそんなことを決め始めている。これはもう、遠足だ。自分も入っているんだろうか。それはちょっと困る。

「あ」
そんな気を知ってかしらずか、ポンと叔父さんが手をたたく。

「銭湯といえば」
「何じゃ?わしら、ちゃんと場所もしっとるぞぃ」
「あそこじゃろ、隣町の金物屋さんのそばじゃろ」

そんな話じゃないですよ、と眉間に皺が寄る。叔父さんの眉間にはよく皺が寄ってる
割には癖が付かないのが不思議だ。

「盛り上がっているところ、大変申し訳ないんですが。多分、横丁の人間は入れないですよ。はいれてもばれたら、追い返されるんじゃないですか?」
「へ??」

さて、準備をしに各自一度解散の号令が出た直後で水を挿されたご隠居さん達。
がっかりとか、もうそういう顔じゃありません。叔父さんがそれを見かねたように、ため息をはいた。

「また、忘れたんですか??」
「またって」
「…またって??」
「またでしょう」

本当に記憶がないらしい、ご隠居さん達。なんだかんだいいながら、断片的には覚えていることが多いから、結構これは珍しい。そんなことはお構いナシに、叔父さんは思い出すように顔をしかめながら話を続ける。

「大分前ですけどね、ココらの風呂が大騒ぎになったでしょう」
「…なんだったかの〜」
「ん、あれじゃないか??風呂で死んだ水泳選手のやつ」
「そうだそうだ、いたいた。そんなのが」

なんだか、珍妙な話だ。

「それで、横丁じゅうの風呂場にランダムで発生して泳ぎまくって」

…なかなか、難儀な幽霊だったみたいだ。頭もおちおち洗っていられない。

「そうそう、仕方ないから解決するまで銭湯通いをしたんだよな」
「結構な出費だったよな」
「そうそう、でもあれはあれで楽しかったよな」
「番台の目を盗んでこっそり…」
「すけべじじぃ…」

東子さんの呟きは無視の方向らしい。

「問題はその後ですよ。ほんとに覚えてないんですか??」

深いため息のあと、叔父さんは嫌なことを思い出すみたいに頭に手を当てた。

「その幽霊が、皆さんの後付いて銭湯に行っちゃって。挙句、そこが気に入って一般のお客さんに多大な迷惑掛けちゃったんですよ」

あのクロールの見事さ、番台の叔父さんに迷惑量の請求。本当に、覚えてないんですか??とか言いながら、ご隠居さん達の顔を見回した。ぽけーんとした表情。本気で記憶にないらしい。

「…あったっけ??そんな話」
「あったかのう…??」
「だから、暈けてるって言われるんですよ」

最後のダメ押し。心底哀れみをこめたその目線にご隠居さん達のいつものスイッチが入った。

「っ!!」
「もういい!!またそうやって!!大家さんなんかしらんもん!!」
「銭湯も誘わん!!」
「牛乳も一緒に飲まん!!」
「あっかんべー」

とかいって、ご隠居さん達はぷりぷり起こりながら今から退出していってしまった。
結局、うまく御隠居さん達の気をそぐことに成功。これが何時もの居間の景色。何時もながらうまいというか、なんというか…

「でも、文ちゃん今のホントなの??」

お茶を入れてすっかり傍観を決め込んでいた、東子さんがふと思い出したように聞いた。
使えるんなら、ネタにでもする気なのだろう。叔父さんは、ふふふと意味ありげに笑ってからとんでもないことをいった。

「半分うそです」
「う、そ??」
「前半はあったんですよ。そんな迷惑な話。うちの風呂にも出ましたから。でも、後半の銭湯のくだりは捏造です」

だって、あぁでもしないと、僕ら銭湯行きでしょ?といって、叔父さんはまた笑った。それを聞いた、東子さんが大きくため息を吐いてから苦笑いをうかべた。

「…掌で、遊ばれてるわね。どこまでいっても果てが無いってか??」
「さんざ、振り回されてるんですから。おあいこですよ」

あははぁ確かに、と東子さんが笑った。ご隠居さん達は、銭湯に行くか今頃悩んでいる頃だろうか??でも、銭湯にいけなかったのはちょっと残念かもしれない。今度、チャンスがあったら一度いってみたいものだ。

あ、そうだ。

「ねぇ。叔父さん、今日一緒にお風呂入ろう」

気持ちばかり、銭湯気分が味わえるかもしれない。多少狭いかもしれないけど。
叔父さんは呆れ顔で笑って、銭湯の代わりですか?とまた笑った。



ところで、叔父さんから受け取ったお土産の箱の中身はというと。
今日、食べ損ねた栗蒸し羊羹で。
なんか、ちょっとそれがおかしくって。
それから、ちゃんと自分のおやつを確保してくれる叔父さんがやっぱり好きだった。


叔父さんの背中を流しながら、なんだか、ちょっとなつかしくって。

一緒にいっぱい、笑った。
笑った声が、風呂場のタイルで響いた。



番台の下、我々は裸であり、我々は平等であった。




「番台の親父だけいい思いしてずるいよ、というのは、番台への冒涜であります!!」
あんまり、喋らない正太郎少年ですが、色んなこと考えてると楽しい。

UP:2005/09/30








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